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2010年2月

2010年2月19日 (金)

活版印刷

グラフィックデザイナーの澤辺由記子さん、写真プリンターの久保元幸さん、写真研究者の小林美香さんと、活版印刷の現場(内外文字印刷株式会社)を訪れました。私は印刷の専門家ではありませんが、活字を組んで印刷する活版印刷は近代的な印刷の最初のもので、それから写植、オフセット、そして電子書籍・・・と進んできたのではないかと思われます。

内外文字印刷さんの向い側にはかつて国語研究所があったといい、小林敬さんのお話を聴いていると活字の歴史は国語の歴史と重なっているようにも思えてきます。明治以降、活字を制作することは文字通りに文字を制作する側面もあったわけで、当用漢字とか常用漢字とか、外字とか、実は色々な字体が制作され、また大手出版社や大手新聞社は公式文字と異なる独自の文字を用い、独自のフォントを使っていたといいます。このあたりの話は大変興味深いと思いました。また文字の印刷を主とした活版印刷というあり方は、さらに言えば「文学」というあり方にも大きく関係しているようにも見えてきます。

欧文だとアルファベットの数は限られていますが、漢字はこんな字を読み書きできる人は世界にいったい何人いるのだろう、という文字もたくさんあるようです。活字を造るあるいはデザインするというのは、繰り返すなら文字を制作するという側面もあるわけです。その後の写植やオフセットそして電子書籍が用いている字体は、当初の物理的な活字が蓄積してきた遺産の上に成立しているとも言えるかもしれません。

その活版印刷ですが、文字のエッジがきわめてシャープで、また今日から見るとなかば工芸品のようにも見えます。時代は直線的に進んでいくというより、電子書籍と活版印刷が実は共存しているのですね。

お邪魔したときはジョセフ・コーネルの展覧会の作品集(実質的に詩集)の校正が行われていました。

ではでは。

関連blog http://blog.livedoor.jp/motoyukikubo/archives/51637741.html

              http://temppress.blogspot.com/2009/07/blog-post_21.html

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2010年2月13日 (土)

浅田彰「物の小系譜学」『ビルディングの終わり、アーキテクチュアの始まり』鹿島出版会2010

磯崎新先生の論考への導入として書かれている劈頭部分では、前段がカントの「物自体」と「物の表象」以降のまとめ、後ろの方の部分は現状総括と磯崎論考へのつなぎとなっています。前段は短い分量に力技でまとめられており、このまとめを粗いという方もいらっしゃるでしょうが、大変分かり易くまとめた文にも読めます。

ただ個人的にひっかかったのは後ろの方の現状総括部分、「エレクトリックに増幅された「シミュラクラのprocession」(ジャン・ボードリヤール)と、滑稽にして残酷な茶番劇としての「〈現実的なもの〉の回帰」(ハル・フォスター)。これらの両極に引き裂かれた宙吊り状態からいかに脱するか。そのためにいま問われているのは、このような両極化に抵抗すること」(155頁)のあたりです。フォスターの“The Return of the Real”は基本的にはアブジェクトアート/シュルレアリスム論で、後期ポストモダンをそこに重ね合わせて論じたもので、「滑稽」や「茶番」としてそれらを論じてはいなかったと思います(http://bit.ly/18KI6TZ)。また歴史認識として、初期ポストモダンにおそらくボードリヤール的なシミュラクラを重ね合わせ、ザ・リアルについてはそれに続く後期ポストモダンとして、おそらく戦略的に位置づけていたと思います。もちろん、これはあくまでフォスターの考えであって、浅田氏が書かれていることの妥当性をここで問題にしているわけではありません。しかし、だとしたらあえてフォスターなど引用せず、ご自身の考えとして上記の現状総括をなさればよかったと、私は思います。まぁこれに関して述べれば、磯崎論考への導入として、とにかく問題提起を構成しようという動機が先立っているように見えなくもありません。

ところで前半部部分では「もうひとつは、深みへ深みへと沈み込んでゆく物自体をあくまでも追求しようとする道だ。この道をたどっていけば、われわれはカントからショーペンハウアーやフロイトをへてラカン(そしていわばポストモダン化されたラカンとしてのジジェク)にまで到達することになるだろう。そこでは〈現実的なもの〉(the Real)―とくに・・」(153頁)として、ラカンの〈現実的なもの〉をカントの物自体に重ね合わせています。私自身、ラカンの〈現実的なもの/現実界〉をカントの物自体に重ね合わせたこともあり、またそう考えると大変分かり易い(ただしラカン派のなかにはそうした考えを受け容れない方もいらっしゃるようです)と思います。これとは別にフレドリック・ジェイムソンは〈現実的なもの/現実界〉のまた異なる用い方をしています。それはいわばアルチュセール的な大文字の歴史への適用です。ラカンをエコール・ノルマルに招聘したのは確かアルチュセールだったのではないかと思いますが、それからすると、この〈現実的なもの/現実界〉の問題はもっと根が深いと思います(http://bit.ly/1bS5ALr)。

ジェイムソンもフォスターも、〈現実的なもの/現実界〉を「傷つけるもの」いわば“it is what hurts…”として論じているあたり、その語り口の近さも興味深いものです。

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2010年2月11日 (木)

フランク・ロイド・ライト『有機的建築』三輪直美訳 筑摩書房 2009

1939年のロンドンでの書名と同名の講演が前半を、1954年のThe Natural Houseと題された文がほぼ後半をなしています。

ライトの考えをある程度知っている読者であればひととおり確認といった感じで、そうでない読者にとってはひととおり分かる、といった感じの書でしょうか。

個人的には、ライトが岡倉覚三の影響を受けていたことの具体的部分が分かったことが一つの収穫です。もともとライトが衝撃的な経験をしたシカゴ万博日本館のプロデューサーも岡倉だったのですが、本書によれば、ライトは駐米日本大使から岡倉の『茶の本』を献呈されています。「そして、この言葉と出会ったのです。それにはまさしく私の考えていたことが、建築で表現しようとしていたことが書かれていました。「建築は壁と屋根によって在るのではなく、生きるための、その内部にこそ実在する」(19-20頁)、「日本の駐米大使から、岡倉覚三が書いた小冊子『茶の本』を受け取りました。それを読み、この文章と出くわしました。「部屋の実体は、屋根や壁で囲われた空間のなかに見出されるべきで、屋根や壁そのものにおいてではない」(224頁)この言葉はまた老子の言葉であるといいます。日本建築だけでなく、老荘思想にもライトは霊感を求めていたということでしょうか。さらにはまた「インド、ペルシャ、中国、日本の文明は、どれも同源の文化的インスピレーションにもとづいていますが、それはおもに釈迦牟尼仏への信仰に由来しているのでしょう。しかし、有機的建築のおおもとになった思想の原理は、それよりもむしろ中国の哲学者である老子の思想に共鳴します」(222頁)とあります。

最後に引用。「だからこそ私たちは今、「ラディカル」であるべきなのです。本物のラディカルです。うれしいことに、イギリスはこのような態度に好意的です」「本来ラディカルとは、ものごとの根本を見きわめる態度なのです。ラディカルの語源は、ラテン語で「根っこ」を表します」(122頁)

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