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2010年12月

2010年12月 6日 (月)

“Norman Shaw and his Contemporaries,””H.H.Richardson and McKim Mead and White,” ARCHITECTURE: NINETEENTH AND TWENTIETH CENTURIES, Henry-Russel Hitchcock, Yale University Press, 1958

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二章を読む。

コーリン・ロウによれば著者はハーバード・デザイン学部初代建築史教授となる予定だった。だが実際にはジークフリート・ギーディオンがその座につき、ギーディオンの『空間・時間・建築』が正史となった一方、ヒッチコックの著は外伝となったという。

ギーディオンの著は例えばバロックまで遡行して「空間」について述べ、それを20世紀のある建築のあり方まで繋げるという、のちにマンフレッド・タフーリが「効力的批評」と呼ぶことになる記述のあり方が特徴的である。タフーリが批判的に述べるこの記述はストーリーとしてはよくできている。「空間」に関して余談で述べさせていただくと西田幾多郎の思想も思想としてよくできているが、「効力的批評」のようなものを感じないこともない。

また米国建築史について述べればカール・W.コンディットの記述も、構造やスタイルに焦点を当てた一つのストーリーであると近年では見られることがある。ただギーディオンが「空間」を主題としたのに対し、コンディットは「技術」を主題にしたことは大きな相違であり、またギーディオンはいわゆる近代建築運動の当事者であったのに対し、コンディットは単なる歴史家であったのも大きな相違と言える。

ヒッチコックの書はこれらの記述と比較すると淡々としたアートヒストリーの記述という印象をまず受ける。実際本書は、ペリカン本の一つである。

チャールズ・アンスリー・ヴォアジーとかネスフィールドという建築家を知っているとしたら、あなたは英米建築史に詳しい方ではなかろうか。彼らは勿論当時名の知れた建築家であった。リチャード・ノーマン・ショウはそのネスフィールドのパートナーでもあり、「最も成功した、最も典型的な、最も影響力があり、しかし最もオリジナリティのない」(291頁)高期ビクトリア時代の建築家だったと述べられる。明治期の日本がイギリスから大きな影響を受けたとして、イギリスは芸術一般で日本から大きな影響を受けている。この動きはのちにアールヌーボーへと流れていく(こちらもどうぞ)。しかし様式建築家であったショウは「ジャポニズムが当時の芸術における大きな主題だったにもかかわらず、ほとんど影響を受けなかった」(293頁)。

ショービニアンという言葉は「ショウ風の」という意味で使われる。「リチャードソニアン」は勿論、リチャードソン風のという意味で使われる。ルイジアナ生まれだったヘンリー・ホブソン・リチャードソンは英語と仏語のバイリンガルで当時のボザールに留学し、南北戦争が勃発してそのまましばらくフランスで修行している。帰国してからのスタッフの一人がチャールズ・マッキムである。「マッキム・ミード・アンド・ホワイトのティファニーハウス(1882-4)にとってローマ風のレンガはその霊感はほとんどショウ風で、石面のベースと広く低いエントランスのみがリチャードソン風である」(320頁)。

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