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2012年7月13日 (金)

ルイス・マンフォード『芸術と技術』生田勉+山下泉訳 岩波書店 1954

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1951年コロンビア大学での講義を起こしたものとあり、戦前の著作のように建築や都市について直接的に論じる部分は少ない。もともとあった文明論的な部分が前面に出てきたというべきか。

訳者の生田によれば、マンフォードの述べる「芸術と技術」とは、「言葉と技術」と翻案できるという。本文中のマンフォードの言葉でこの相違は、「(これまで述べたことを要約すると)芸術も技術もともに人間の有機的構成を敷衍して示しています。芸術は人間の内面的、主観的な側面を代表しており、その象徴である構成物はすべて言葉と言葉づかい・・これによって人間が心の内面を表に出し、表明できるようになったのです・・を発明する多大な努力のあらわれであり、とくに人間の情緒、感情、生の意味と価値に関する直観に、具体的で社会的な形態を与えようとする努力のあらわれでした。これと反対に、技術は、人間が生活の外的条件に対処し征服し、自然力を支配し、そして人間に本来そなわる諸器官の力と機械的諸能力との実用上使用上の面を強化しようとする必要から、主として発展するものです。技術と芸術とは、いろいろな時代に効果的に一体となって調和がとれてきました。ですから、5世紀のギリシア人たちは技術という言葉を美術と実用の双方に、つまり彫刻にも石切にも用いたのですが、今日では文化が有するこの表裏一体の二面は剥ぎ裂かれてしまいました。技術はしだいに自動化され、ますます非人格的になり、より「目的的」となりましたが、芸術はその反動で、無意味な片言と泥まんじゅうと形をなさないなぐり書きといった原始的で幼稚な象徴法に逆戻りして」(37頁)と、述べられる。

同時代、カッシラーの象徴論や、ハイデッガーの技術論/芸術論、や、ついでにかのダヴォス討議のことなどを思いだした。

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