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2012年10月

2012年10月14日 (日)

MONTGOMERY SCHUYLER, AMERICAN ARCHITECTURE(1892), KESSINGER PUBLISHING

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モンゴメリー・スカイラーの必読文献のリプリントである。初出はハーパーズ・マガジン。後半“GLIMPSES OF WESTERN ARCHITECTURE”の章の前半をなすシカゴ建築関係の部分を読む。

こちら(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/lewis-mumfordst.html)では、スカイラーの著作はリチャードソン世代最後のもので、ルイス・マンフォードはこれに軌道修正を試みたと述べていた。しかしながらマンフォードは軌道修正以上のことをなした、あるいはマンフォード(やヒュー・モリソン他)は米国建築史の筋道を付け直したのではないかと思えてくる。大雑把に述べれば、スカイラーは19世紀の批評家であり、マンフォードは20世紀の批評家であって、視点が根底的に異なるのではないかと時に思えるほどである。

またこちら(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/index.html)で言及しているザ・モナドノックについての記述はこの部分には登場しない。多分、Studies on American Architecture 中の記述ではないかと思われる。

本書には論じる建物の挿絵も掲載されている。当時すでに写真媒体があったはずだが、すべてスカイラーの手描きと思われる鉛筆画が掲載されているのも、著者の視点を推察させるかもしれない。

もう一点、建物を描写していく方法である。開口部と柱の取り合いとかプロポーションとか構成とか、1980年代にお目にかかった建物読解をふと思い出した。これに関して述べるなら、おそらくウェインライトビルのファサードデザインに関するルイス・サリバンの「形式は機能に従う」という有名な言葉も、実は当時の一般的な建物読解方法から出てきたと言えるのではないか。

スカイラーのここでの視点について述べるなら、東部から西部(シカゴ)を見るという視点がところどころに出てくる。それは言わば文明と野蛮の境界は大西洋の上、ヨーロッパとアメリカのあいだにあるのではなく、アパラチア山脈上、アメリカ東部と西部のあいだにあるかのような視点であり、「アメリカン」や「モダン」という言葉が時に「田舎者」や「無知・無教養」と同義語として使われているのではないかという個所もある。

さて全体を見ていく。前半はオフィスなど業務建築を扱い、後半は住宅建築を扱っている。前半で取り上げられる建物は、J.R.イーガンとJ.R.マレットによる市役所・郡役所庁舎、バーナム+ルートによる美術学校、アドラー+サリバンによるザ・オーディトリアム、リチャードソンによるマーシャル・フィールズ、S.S.ビーマンによるスチュートベイカービル、コブ+フロストによるオーウィングビル、バーナム+ルートによる証券取引所、フェニックスビル、である。

冒頭の庁舎建築はまず酷評される。というより、章の冒頭からして「シカゴの未来は未来のないことにある」という挑発的な言葉で始まっている。著者の視点によれば、シカゴの地盤や地勢はよくないこと、シカゴは基本的に投機の街であることが大きな理由のようである。またシカゴだけでなくアメリカの都市一般としながら、「商業の宮殿」に批判的な目を向ける。この点では様式建築批判やエクレクティシズム批判とも読める。単に建物を描写しているだけでなく機能や趣味の問題もそこに含まれていると言え、新たな視点への過渡をなしているのかもしれない。

冒頭の庁舎建築の酷評に比べると、続くバーナム+ルートの美術学校建築に関しては留保付で評価し、さらに続くアドラー+サリバンのザ・オーディトリアムに関してそれほど評価していないことを見ると、ジョン・ウェルボーン・ルートとルイス・ヘンリー・サリバンの評価は当時と現在では逆転しているように思えなくもない。

登場する建築家のなかで最も著者が評価しているのはヘンリー・ホブソン・リチャードソンである。マンフォードが「リチャードソン世代の・・・」と書いた理由もそこにあるのかもしれないし、生前から今日にいたるまでのリチャードソンの評価を思わせる。著者はリチャードソンの建築を明快、力強い、等といった言葉で表している。

後半の住宅建築でもリチャードソンのクレーン邸が取り上げられ、留保付で高く評価されている。ただリチャードソンの建築を評価しているのであって、「シカゴの建築」を評価しているわけでは必ずしもないかもしれない。

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2012年10月 5日 (金)

extra

K.マイケル・ヘイズ、ルートヴィヒ・ヒルベルザイマーの世界

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ついでに

理論と歴史の効力性について(On the Operativity of Theory and History)と題するハーバードGSDでの議論。冒頭でK.マイケル・ヘイズが、マンフレッド・タフーリの効力批評(operative criticism)概念について一瞥し、さらに自らの論を含めて展開している。

意味論的四角の形成はC.G.グレイマスとフレドリック・ジェイムソンを、マトリックスの形成はピーター・アイゼンマンを彷彿させる。

どうでもいい話だがK.マイケル・ヘイズの声は小林克也の声に似てなくもない。

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