« ジョン・ラスキンの「ピクチャレスク」 | トップページ | ルイス・H・サリヴァン『サリヴァン自伝』、竹内大+藤田延幸訳、石元泰博写真、鹿島出版会、2012年 »

2012年12月24日 (月)

ジョン・ラスキン『ヴェネツィアの石、建築・装飾とゴシック精神』内藤史朗訳、法蔵館、2006年

1

訳者の内藤史朗によれば本書は抄訳である。序章「石切場」と第六章「ゴシックの本質」を読む。

序章では著者の歴史観が窺われる。それはミシュレやブルクハルトらのルネッサンス観とは対極に位置するようなものである。著者の立場はいわば中世キリスト教主義であり、ルネッサンスからこちらは衰退と堕落の過程とでもいったものである。べネチアはフン族のヨーロッパ侵入からここに亡命してきた人たちによって建設されたという。最初の900年(つまり中世)は繁栄の時代であり次の400年(つまりルネッサンス以降)は衰退の時代である。これは統治形式や文化芸術においてもそうであると見做され、前期900年は共和制において繁栄し、後期400年は総督制という統治形式において衰退したと見做され、文化芸術も中世ゴシックにおいて繁栄し、ルネッサンス以降の合理主義において衰退していったと見做される。

ふと面白いのは、南方と北方の様式闘争といった視点などはローゼンベルクなどの初期ナチズムの文化理論への影響や、またいわば疎外論においては初期共産主義の文化理論への影響が(そもそも疎外論自体がキリスト教と関係がありそうであるが)彷彿されることであり、初期ル・コルビュジエなどもラスキンの影響下にあったことを考えると、あらためてラスキンの20世紀前半の文化理論への広範な影響を思わせる。あるいはタフーリの『建築とユートピア』もルネサンス以降を批評的に読むことにおいて、ラスキンの影響を何がしか読み込むことも可能かもしれない。

パラディオ他は、以下のように言われる。

「合理的啓蒙主義者は、芸術を保存し、宗教を捨て去った。その合理的芸術がいわゆるルネッサンスであって、異教の体系への回帰によって特徴づけられる。異教体系を採用してキリスト教のために浄化するのではなくて、模倣者として異教の下で弟子になることで、異教に回帰するのであった。絵画で先頭を切ったのは、ジュリオ・ロマーノとニコラ・プーサンであり、建築では、ヤコポ・サンソヴィーノとアンドレア・パラディオである。

 あらゆる方面で引き続いて起こった堕落は、愚行と偽善の洪水であった。最初は誤解され、次いで根拠薄弱な官能的解釈をされて捻じ曲げられた神話が、キリスト教的画題の表現に取って代わった。カラッチ一門(ロドヴィゴと、彼の従妹アゴスチーノと、その弟のアンニバーレとカラッチ家から出た芸術家達で、装飾画、壁画、版画に卓越した)のように、人々を描くうちに冒涜的になった。人物形象が沢山描かれた画布の上に、無力な神々、純朴さを喪失した牧神、無垢を捨てた半神半人の妖女、人間性を喪失した人間たちが、病人の群れとして表現された。

 街路にある大理石像は荒唐無稽で衒学的場面に溢れていた。悪用された知性のレヴェルは徐々に低級へと傾いた。風景画のさもしい流行によって歴史画の地位が奪われた。そして、風景画は好色的衒学的趣味に陥った。その実例はサルヴァトールのアルザス地方の雄大な山岳風景、クロードの子ども騙しの観念的絵画、アルプスより南方では、ガスパールとカナレットによって濫作された退屈な作品、その北方では、煉瓦と濃霧や、肥えた牛と溜り水の描写に酔い痴れた画家の、生涯を捧げた根気強い作品などである。こうして、キリスト教道徳、勇気、知性、それに芸術のすべてが崩れて一つの残骸の山となった」(31-32頁)

 第六章「ゴシックの本質」は文字通り「ゴシック性の本質」と著者が見做すものへと迫っていく。著者がゴシック性と見做すものは、

1、  野生(粗野性)

2、  多様性(変化愛好)

3、  自然性(自然愛)

4、  グロテスク性(型破りの想像力)

5、  厳格性(頑固さ)

6、  饒舌性(惜しみない表現力)

である。ここからさらに「建築者に属するものとして」

1、  野生または粗野性

2、  変化愛好

3、  自然愛

4、  型破りの想像力(独創的構想力)

5、  頑固さ

6、  寛容さ

があげられる。

1の野生は後期ローマ時代「堕落したローマ人の文明がその贅沢の極みと罪人としての傲慢さゆえに、いわゆる暗黒時代の終わりにヨーロッパ文明を模倣するモデルとなった時に、ゴシックという語は、嫌悪感の交じった、紛れもない侮蔑語となった」、つまりローマから見れば北方の周縁(ゴート人)の「粗野な」ものであったがそれは決して否定的な意味として捉えるべきではなく、むしろ「形容が侮蔑的に用いられる限り、それは誤用である。だが語そのものは非難されるべきではない。それどころか、正しく理解されれば、人類の本能がほとんど無意識に認める深遠な真実がある」(249)なのである。

この部分ではまた装飾も3つに分類されて考察されている。3つとは

1、  奴隷的装飾、劣った工人の施工や能力はより高度な人達の知性に完全に服従させられる。→ギリシア、ニネヴェ、エジプト

2、  構成的装飾、制作上劣った能力は、ある点まで解放され独立している。それはそれ独自の意思を持ち、しかも、その劣等性を告白して、より高度な能力に服従するから。

3、  革命的装飾、制作上の劣等性は認められない。

である。さて話を元に戻すと「粗野さや不完全さが実は正しく理解されたなら、キリスト教建築の最も高貴な特性の一つであって、高貴であるだけでなく、欠くべからざる特性である」と述べ、それは「不完全でない建築は真に高貴であるはずがないということは、気まぐれな逆説と思われても、やはりそれは極めて重要な真実である」とされる。「建築家は」「仕事全体を自分自身の手で執行できない以上」「工人を奴隷にし、彼の仕事を奴隷の能力の水準にまで落とし、その結果、彼の仕事を堕落させることになる。さもなければ、彼は彼が工人達を見出したままに彼らを受け入れて、彼が自分達の力強さと共々に自分達の弱点も見せるようにさせねばならない。その弱点はゴシックの不完全さと絡み合うだろう。しかし彼は、彼の仕事全体をその時代の知性ができる最善の高貴なものにしなければならない」(268-269)

冒頭からしかし、これはピクチャレスクの美学と方法論ではないのかと思わせる記述である。

 2の多様性(変化愛好)の中ではこうも述べられる。「19世紀の人々が芸術で得たすべての喜びは、私達がピクチャレスクという語で楽しんだ絵画・彫刻、二流の骨董品、中世建築にある」「繰り返し「目から鱗」の斬新さを生み出せることにある」(275)である。

 3の「自然愛」もこの延長上で述べられる。「大自然がこうすべき(自然の造形のこと、訳者注)だと神は意図しているだけであって、最良の技術を生むことを神が必ずしも欲求しているわけではない」(283)。ここから人間を「事実の人」「デザインの人」「その中間の人」に三分類し、論じていく。

 4の「グロテスク」はここでは詳述されない。訳者によれば別の個所でピクチャレスクとの異同が論じられているという。

 5について。「現代のイギリスの偉大さの源であるモラル上の習慣は、ゴシック派が明確に創造した特徴に認められる。その習慣とは、哲学的探究、正確な思想、在家的脱俗と独立、厳しい自己信頼と宗教的真実に対する誠実で高潔な探究、そういったすべての習慣である。

 ゴシック派の創造した特徴とは葉脈の入った葉、茨状の模様細工、陰影ある壁龕、控え壁で支えられた門、「天国へ向けて発せられた不惑の問い」を表象するように、天高く聳える恐れを知らぬ高さの神秘的な小尖塔と飾り冠のついた塔である」(312)

 さて6について。「ゴシック建築の第一の必要条件は、最も洗練された心だけでなく、最も粗野な心の助けを容認し、同時にそういう人達の称賛を受けるように訴えることも容認することであるから、作品の豊かさは・・逆説的に思われるかもしれないが・・その謙虚さの一部である。単純な建築ほど傲慢な建築はない。単純な建築は、ニ、三の明瞭で力強い線刻以外は眼に訴えることを拒否する。それは私達の凝視に対してほとんど示されるものがない時に、それが提示するすべてが完全であることを意味する。そして、それはその特徴の複雑さや魅力のいずれも、私達の研究をまごつかせることを拒否し、私達を欺いて喜ばせるのを拒否する。ゴシック派の生命である謙虚さは、装飾の不完全さだけでなく、装飾の累積でも示される」(313)

|

« ジョン・ラスキンの「ピクチャレスク」 | トップページ | ルイス・H・サリヴァン『サリヴァン自伝』、竹内大+藤田延幸訳、石元泰博写真、鹿島出版会、2012年 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1331394/48446927

この記事へのトラックバック一覧です: ジョン・ラスキン『ヴェネツィアの石、建築・装飾とゴシック精神』内藤史朗訳、法蔵館、2006年:

« ジョン・ラスキンの「ピクチャレスク」 | トップページ | ルイス・H・サリヴァン『サリヴァン自伝』、竹内大+藤田延幸訳、石元泰博写真、鹿島出版会、2012年 »