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2013年12月 8日 (日)

ジークフリート・ギーディオン『空間・時間・建築1』太田實訳、丸善、1969

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学生時代に読んだ本を引っ張り出して、再読。

あらためて見ると、本書は歴史書、少なくとも時系列に沿ってバランスよく記述していく歴史書ではないように思えてくる。章やトピックが断片的にモンタージュされた、歴史書とも理論書ともつかないもののように思えてくるのである。紙面構成も、日本語版では文字が平板に並んでいくだけであるが、原書/英語版は同著者の『フランスの鉄骨、鉄筋コンクリート建築』(http://bit.ly/1eYQHqc)と同じく、文字や写真や図面等の大きさやレイアウト、それにタイポグラフの大きさや表情まで計算して構成されたものだったのではないだろうか。そうした紙面構成はル・コルビュジエの著作にも見られるし、バウハウスやチェコ・アヴァンギャルドでも試みられていたことである。

 かつてヴェルフリンにしばしば用いられた形容である「形式主義」も、確かにギーディオンに対しても用いられなくもない。ただし、それではいささか大雑把に過ぎるように思われる。たとえば本書の書名の一部である「空間・時間」は形式主義とは言えるが、それでは大雑把に過ぎるのであって、「空間・時間」と言った場合、そこにヴェルフリンの「深奥性」等との関係を見る方が具体的ではなかろうか。実際、バロックから論を説き起こしている点は、その感を深くするはずである。さらに述べるなら、本書が「空間・時間」・・に読めてしまうのは冒頭章の印象の強さによるものであって、アメリカ建築について述べた部分ではむしろ構法や社会・経済的条件による記述が目につき、「空間・時間」についてはそれほどではない、少なくとも本書以前および以降の書と比べ、とくに強調されているようには見えないとも言える。一つには当時のヨーロッパからのアメリカ建築への視線がそうだったということもあるであろうが、ギーディオンが他方ではCIAMの書記を務めていた時期、その骨格を造ったドイツ・東欧からのマルクス主義の建築家たちからもたらされた唯物論的な視点も(http://bit.ly/10NgBJ5あったかもしれない。構法を主軸に据えるのは唯物論的である。まして社会・経済的条件から読み解いていくのはなおさらそうである。

 ここで翻って昨今のトレンドである建造環境・史という考えについて一瞥を与えると、建造環境・史、とりわけ建築史を否定するニュアンスをもった建造環境・史もまた、この延長上にあるように思われる。少なくとも唯物論的ではある。「建築」概念がルネサンス以降のヨーロッパあるいはギリシャ以降のものとするなら、それ以前あるいはそれ以外の地域の建造物を「建築」として建築史にしてしまうのには、無理があるのかもしれない。その点では建造環境・史はむしろ基礎的研究として位置づけられるものなのであって、それによって建築史を否定もしくは建造環境・史へと一元的に還元できるものではないように、個人的には思われてくる。

 歴史はそもそも hindsightThe Owl of Mierva)である。そのこと自体にcriticalであろうとはせず、 hindsightから歴史を構造化し説明できたとしても、必ずしもcritical historyとはならない。かつてミハイル・バフチンの言語学について調べていて、バフチンの側からすれば否定の対象でしかない当時(旧・ソ連)のアカデミーによる公式マルクス主義言語学の論文というのを読んだことがあるが、意外とレベルが高かった印象がある。建造環境・史の論文をこれに並べるわけではないが、水準は高いとは思う。

 しかしながら、ここにおいてT.J.クラークが『絶対ブルジョア』の冒頭で述べたマニフェストのある部分が実は大変重要なのではないか、と思えてくる(http://bit.ly/YpYANy)。つまり、「歴史とそれに固有の決定因との遭遇は、芸術家自身によってなされる。彼がたまたま遭遇した構造の一般特性の発見へと、芸術・社会史は乗り出すのである・・」。

建造環境・史は芸術史ではない、少なくとも芸術史を目指しているわけではない。一方で建築史は基本的に芸術史なのである。建築家なしの建築史というのは記述可能ではあろうが、そこに建築史としての意味を見出すのは大変難しいと思われる。クラークのマニフェストの引用した部分は具体的には、ギュスターヴ・クールベに対して述べられていく、それも大きな比重を持って。社会・芸術史と言っても基本は芸術史であって、ただの描画・史あるいは人工物・史に還元しているわけではなかろう。

都市・史というものがあるとして、同様のことが言えるかもしれない。パトリック・ゲデスは都市を都市たらしめているのは「都市の精神」であると述べていた。都市が建造物の単なる集積体ではなく「都市」となるのはこの「都市の精神」によってである、と述べていたと解すことができる。この点で語の狭い意味における都市あるいは都市・史なるものは、ルネサンス・ヨーロッパ以降の話になるのかもしれない。「芸術作品としての都市」という考えはさらにあたらしく、ヤーコプ・ブルクハルトによるものである。それゆえ都市・史なるものがあるとすれば、建築史同様、建造環境・史のある部分ということになろう。

建築史に話を戻すと、建築史は都市・史以上に「個」が重要である。過去においては私あるいは我々などよりはるかに優れた才能と高い知性も持った建築家が営んできたこの過程をhindsightによって一元的な構造に還元してしまうのは、そもそもの対象の否定でしかない。再度、クラーク。「歴史とそれに固有の決定因との遭遇は、芸術家自身によってなされる。彼がたまたま遭遇した構造の一般特性の発見へと、芸術・社会史は乗り出すのである・・」。

ジョアナ・マーウッド・ソルスブリーの『シカゴ1900』(http://bit.ly/J26Zooと『空間・時間・建築』のシカゴ建築の始まりと終わりは一致している。ともにジェニーに始まり、バーナムに終わる。両者ともこの点でにルイス・マンフォードによるフレームを前提としていると言える。

『空間・時間・建築』によれば、シカゴ建築の前史としてのセントルイス建築というのがある。西部への前線としてミズーリ河畔のセントルイスがあったが、大陸横断鉄道完成によってシカゴが中西部と東部を結ぶ中枢ハブとして台頭し、セントルイスが衰退していくという推移のなかで、セントルイスの建築に一瞥が与えられる部分である。剥き出しの即物主義という点ではシカゴ建築より、これはよほど近代的とも言える。シカゴ構法と言われる物自体はすでにここにある程度あったとさえ、言い得るかもしれない。では建造環境・史といった場合、ここはなぜカットされるのか。ここも比較考証の対象かもしれない。

再びソルスブリーの『シカゴ1900』。同書の冒頭で自らを建造環境・史に位置付け、「自律した建築」の歴史としてこれを見ていないとし、その手法を「ストリート・ヴュー」になぞらえていたのは偶然ではなかろう。なぜなら同書は建築家を全体として比較考証の対象として扱っているからである。

繰り返すなら、基礎研究という意味での建造環境・史という考えを否定するわけではない。

「ストリート・ヴュー」にクローズアップやその他の手法を取り入れていくと、もう一度建築史として描き直せるのではないか。

メモ

19世紀末-20世紀初頭にかけてヨーロッパによるアメリカの人工物評価は、同時代の日本のものに対するアメリカによる評価とほとんど同じである。401頁、アメリカ製品に対するヨーロッパの注視、以降。

またここでは「シカゴ派」というラべリングが用いられている。『褐色の三十年』にはなかったもの。

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