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2014年1月27日 (月)

ジークフリート・ギーディオン、「市民センター:ロックフェラー・センター、1931-1939年」、『空間・時間・建築、2』、太田實訳、丸善、1969

Edg

『空間・時間・建築』中のロックフェラー・センターの記述はどんなであったかを確認のために再読する。

当該部分は実は「都市計画における時-空間」と題した章に配され、なおかつK.マイケル・ヘイズが『ポストヒューマニズムの建築』の冒頭でギーディオン批判の文脈で引いていたエドガートン(エッジャートン)の写真も用いられている個所である。この部分は実は全体のcruxの一つと言えるのではないか。

全体として高く評価しているが、しかしながらそれは都市複合施設とその根底となっているものについてより、人文主義的な一点透視的なものではなく断片的な「空間-時間的」なものとしての複合体の視点への評価であるように見える。ただし、それがK.マイケル・ヘイズが述べるメトロポリス的あるいはポストヒューマニズム的なものであるとも、実は言えるかもしれない。

メモ

「まず、これらの造形的要素とは一体いかなるものなのか、建築的には、どんな意味をもっているのかを考えてみよう。80年代のシカゴの、15階から20階くらいの事務所建築は、気品と、力強さと、釣合いのとれた大きさをもっていた。それらの建築群は、通常U字型の中庭式平面をもった開放的な平面計画によって、あらゆる場所に光線を採入れるようになっていた。ニューヨークの初期の摩天楼は、このような特色をぜんぜん持っていなかった。それは単に極端に高い塔となっただけで、釣合のとれた大きさとか気品とか力強さといったものに欠けていた。ルイス・サリヴァンは、後の発展において追随されるようになる最も純粋な二、三の範例を生み出したが、彼は「低級なニューヨークの建築は、われわれの文化と芸術の悲劇的な否定によって、救いようのないほど堕落してしまった」ということを指摘している。ニューヨークの摩天楼が堕落したのは、その塔のあまりにも誇張された使用にある。つまり、そこには似非歴史的な回想の混合と、そのと都市の全構造に影響するような無情な環境無視があった」(942)

「このような巨大な建築集合体は、ルネサンスの単一視点などは予想していない。それはわれわれの時代の多面的な近づき方を予想しているのである。この間の相違は、ボローニャの貴族アシネーリとガリセンダ両家の2つの斜塔のような13世紀の構築物とロックフェラー・センターとを比較することによって、明瞭になる。この貴族私有の要塞は、壮大に空に向かって聳え立っているが、一つの視点から一瞥によって包含されうるものである。そこには、観者にとって相互の釣合関係に関して不明確に思われるようなものは何も存在していない。一方、ロックフェラー・センターのような組織体の本質的な性格は、中心軸に制約されるような一視界のうちには、少しも顕示されていないのである。そこには種々の対称性が採用されているが、それはその全体の美学的重要性についてはそれほど意味のないものである。この集合体は近代の科学研究や近代絵画において成就されてきたものに類似しているような、空間と時間についての理解を必要としているのである。

エッジャートンのストロボスコープの研究では、運動を10万分の1秒に止められたコマの中に固定して分析することが可能であり、全運動が連続的な成分に分解して示されている。ロックフェラー・センターでも、人間の眼は同じような働きをしなければならない。眼は個々の眺望をそれぞれ単独に取り上げて、それらを一つの時間の連続の中に結び合わせながら相互に関連づけなければならない。こうすることによってのみ、われわれは量と面の壮大な演技を理解し、その多面的な意味を感知することができる」(949)

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