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2014年5月25日 (日)

ル・コルビュジエ『建築をめざして』吉阪隆正訳、鹿島出版会、1967

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精読を含めて何度か読んだ書から、ヴォリュームについての記述を確認する。

『建築をめざして』中のヴォリュームに関しての記述は、アメリカの産業建築について述べたよく知られた個所に続いて登場する。ヒッチコックとジョンソンがおそらくシカゴ構法を念頭に置きながら、耐力壁からカーテンウォールへ、マスからヴォリュームへという過程を鮮やかに描いたとするなら(この議論は勿論、その後ルイス・マンフォードや向井正也らによって精密化される)、ル・コルビュジエの記述はマスとヴォリュームが未分化であるようにも見える。また佐々木宏が指摘するように、ル・コルビュジエのヴォリューム概念がパブロ・ピカソらのキュビスムにおけるキューブ概念に対するピュリスムの概念であったとするなら、つまり反キューブという含みがあるとするなら、日本語訳は「立体」とせずにそのまま「ヴォリューム」とした方がいいようにも思われる。

建築家各位への覚書2、「面」では「一つの立体(ヴォリューム)は面によって蔽われている。その面は、立体を構成し導き出した力によって分割され、その立体の独自性を明らかにする」(41)として、ヴォリュームと面の基本的関係が述べられたあと、さらに第二の覚書「面」と題した節では、面に対するヴォリュームの優位が述べられていく。

その「面」の冒頭部分は実は英語版では、“Architecture is the masterly, correct, and magnificent play of masses brought together in light”という有名なくだりの部分である。(おそらくフランス語の)ヴォリュームが、つまりマスという言葉に訳されている。実際、前後の文脈からすると、(ヒッチコック/ジョンソン/マンフォード/向井的には)ここはヴォリュームではなくマスということになろう。

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