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2014年11月21日 (金)

サムエル・モリソン『アメリカの歴史・3、ヴァン・ビューレンの時代-南北戦争、1837-1865年』西川正身翻訳監修、集英社、1997

Morisonn

かつて読んだものから、南北戦争についての部分を再読、確認。

電信と機関銃(機関砲)は南北戦争で初めて登場したとされるとはいえ、機関銃は実際には使用されていない。とともに初めて野戦の塹壕が掘られたのも、南北戦争だったとされる。「円錐形のミニエ式銃弾(同名のフランスの軍人が1848年に発明したもの)の出現によって、歩兵の火力はメキシコ戦争当時の二倍の殺傷能力を持つようになり、防御側が全滅を免れるための唯一の方法として、戦史上初めて野戦の塹壕が使われるようになった。この即製の土塁から発射される砲火は、フレデリッックスバーグやケネソー山(ジョージア州アトランタ近くの戦場、後出)の戦いで見られたように、攻撃側が銃剣を用いるほど接近してこないうちにこれをなぎ倒した」(391頁)。

野戦塹壕が初めて掘られた南北戦争でさらに最初に掘られた塹壕は、誰の発案によってどこに掘られたものだったのか(ちなみにこのゲティスバーグの戦いをモチーフにしたフィルム(https://www.youtube.com/watch?v=UJjwb4eyAyo)の21分50秒の箇所には、野戦塹壕掘削用のショベルが「新兵器」として紹介されている、また塹壕自体はローマ時代にまで遡行できるとも。さらにこのシーンの一つ前のシーンでは写真術の一つであるアンブロタイプが言及され、出征兵士にアンブロタイプによる家族写真を持たせた、という箇所も登場する。この話の元になったのはhttp://en.wikipedia.org/wiki/Amos_Humiston、で子供の写真あるいは家族写真と戦争の関係についての解説する米国陸軍カレッジ教官の解説が興味深い)。

サリヴァン自伝ではシャーマン将軍による残忍冷酷な焦土作戦の片腕をジェニーは務めたことになっているが、セオドア・トゥラックのジェニー評伝によればこれは誤りで、ジェニーはアトランタから先には進軍していないという。分かっているところでジェニーが工兵として関与したものは、いくつかの要塞建設と渡河作戦の橋梁設置といったところ。これらはユリシーズ・グラント将軍とその副官から出てきたウィリアム・テクマシー・シャーマン将軍の部隊においてであり、そのグラントは西部戦線をミシシッピ川に沿って南進しているゆえ、ジェニーの戦時中の仕事もこの線に沿っていることになる。本書の当該箇所にジェニーの名前は登場しない。

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