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2014年11月18日 (火)

Alan Colquhoun, “The Superblocks,” Essays in Architectural Criticism, Modern Architecture and Historical Change, The MIT Press,1981

Colqhorn

 

かつて読んだアラン・コフーンの著作から「スーパーブロックス」の章を再読、確認。

出だしの主題提起をそのまま引用する。「個々の事例が異なるものであれ、(都市のブロックには)共通の要素がある。つまり、現代の経済活動で蓄積されている莫大な資本は、民間であれ公共であれそれらの混成体であれ、どこかの部局をしてより大きな都市領域を統御させ、そこから利益を得ようとする。実際にはその領域は利益相反しないよう制限されてはいるが、しかしこのことは単一統御体がその領域を統御することを妨げるものではなく、というのもそれぞれの利益、つまり企業の、投資家の、あるいは地方公共団体の利益それぞれがそれ自身きわめて大きな単位となっているという単純な理由から、妨げるものではない。斜線制限を含む天空率制限、ゾーニング、それに敷地面積や密度、これらはすべて都市の組織を単一の独立した大きな量塊の群、その一つ一つがそれぞれ一つののファイナンス下にあるような量塊群へと向かわせていく傾向を強いがちである」(83頁)。

単純な用地買収や区画整理だけでなく、日本でいえば都市計画法や建築基準法の集団規定でいわれることも含めた諸制度全体が資本の集積と複合化の動因となり得ていること、言いかえるなら物質的に都市の構造体をそれぞれ巨大複合体の量塊の集積へと、つまり著者のいう「スーパーブロックス」へと強いる動因となっているのではないかという、提起であると見做し得る。

ここから著者は古代から現代までの都市における公共と住宅のあり方、都市と建築のあり方を一通り瞥見していく。たとえば古代イェルサレムの都市表象では住宅の領域は空白域として表され、その空白域のなかに公的記念物が浮遊するかのように描かれ、その全体が城壁によって境界付けられており、またルネサンスの都市はG.C.アルガンを引きながら、1、歴史意識による商業的実体から政治的な実体への変容、2、宇宙は幾何学的でるという新プラトン主義の教条の復活(による都市と建築の幾何学化)、3、そしてこの変容がほとんど一人の人間、つまりフィリッポ・ブルネレスキによってなされた、と述べられる。言い換えるならルネサンスの都市は、住宅や空白域の不定形のなかに公的記念物が浮遊するものではなく、人間、建築、都市が幾何学的に関連したものとして再構築/再考案されたものである、と言い直し得る。

章の最後の方には都市をサイバネティックにモデル化する傾向と、大文字の幾何学として構想する当時の二つの傾向について言及されている。サイバネティック・モデルのある傾向は都市を現象学的経験というレベルでは説明できないという難点が指摘されているが、この傾向は近年また言われてきているアルゴノミクスやコンピュテーションについてもおそらくそっくり当て嵌まろう。大文字の幾何学については、ケヴィン・リンチ、コーリン・ロウ、アルド・ロッシらが挙げられている。

さて、ジ・オーディトリアムとロックフェラーセンターについての部分、メモ。「シカゴのジ・オーディトリアム・ビルとニューヨークのロックフェラー・センターは(劇場やアーケードその他の)公共機能とオフィスの大きな部分が結合され新しいタイプの混合体を造り出している、一種の都市のミクロコスモスである。ロックフェラー・センターは実際、シカゴとニューヨークのそれぞれのスカイスクレーパーブームにあったより一般的傾向を極端にすすめた例であり、(商業的)企業が代表的/表象的機能を狙っている点でそうである」(95-96頁)。

 

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