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2015年3月18日 (水)

メルヴィル『白鯨』八木敏雄訳、岩波文庫、2004年

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原作は1851年、19世紀中葉の米国の精神史を見るにはいい書かもしれない。サイードの『オリエンタリズム』で検討され、フランシス・コッポラの映画『黙示録』に影響を与えたであろうジョセフ・コンラッドの『闇の奥』をどこか思わせなくもない。

あるいは19世紀のロシア小説に見られるキリスト教的な内面性や内向性とは対照的な、外へといった意識(ドゥルーズが『映画』のなかで述べたフランス映画の内向性とイギリス映画の外向性を思い出す)を彷彿させるかもしれないし、そうはいっても外部へといっても別に軽快でも外向的というわけでもない。訳者が述べているように寓話的小説かもしれないし、「レヴァイアタン」や「白の崇高性」といった点ではゴシック小説をも思わせるし、シュールな記述も思わせなくもない。とはいえここでは文学史的な評価はさしあたり関係ない。

アフガン戦争が冒頭で述べられ、ジェニーの乗った船がホーン岬をまわって西回りで太平洋に出ていったのとは逆に、東回り、インド洋経由でピークオッド号は太平洋へと出ていく。「たわけ者!」「こんな朝はやくに東にむけて航行しているというのに、太陽が船尾にあるなんてことがあるか?」(下、272頁)。日本近海を横切り、南太平洋で白鯨とともにピークオッド号もエイハブらも海の藻屑と消え、最後は太平洋の文字通り平和な波の描写で終わる。

19世紀中葉、ヨーロッパに代わって米国は世界の捕鯨業の先頭に躍り出る。「わがアメリカ捕鯨業にあっては、これに従事する者の数が全世界の鯨捕りを束にしたよりもおおく、一万八千人が乗り組む七千隻以上の船を擁する一大船団を保有し、毎年四百万ドルを消費し、出港時に二千万ドルの価値を有する船が毎年七百万ドルになんなんとする収益をわれらが港にもちかえるのは、いったい何ゆえであるか?もし捕鯨に富をもたらす甚大な潜在力がなければ、こんなことがありうるだろうか?」「わたしはだれはばかることなく断言する・・この六○年のあいだに、広大な全世界を、平和裡に、ひとつの束にまとめあげるような影響力を発揮しえたものが、この高貴にして強大なる捕鯨業をおいてほかにあったと指摘しうる者などありえない、と。世界主義者を標榜する哲学者にしても、そういう例外的事例のひとつすら、一生をかけたところで提示することはできまい。捕鯨業は、いろんな意味で、それ自体において顕著な成果をあげたばかりか、その後の事態においても持続的な波及力を保持してきたので、捕鯨業とは、さながら、すでに子をはらんでいる子孫をおのれの胎から生んだあのエジプトの母に比すべきものである。こういう事例を列挙してみてもきりがない」「多年にわたって、捕鯨船は世界の最果てや未知の領域を探索する開拓者だった」「捕鯨船こそ、あの今日の有力な植民地(オーストラリア)の生みの親なのである」「もしあの二重にかんぬきをかけた国、日本が外国に門戸を開くことがあるとすれば、その功績は捕鯨船にのみ帰せられるべきであろう。事実、日本の開国は目前にせまっている」。(上、286-289頁)。

当時の捕鯨船は風力で航行する帆船で、肝心の捕鯨作業もその帆船からボートを下して銛で人間が狩るという労働集約的なものだったようだ。

ピークオッド号が基地にしているのはマサチューセッツ州ニューベッドフォードであり、これはジェニーの出身地であったフェアヘイヴンと入江を挟んだところにある。これらの町がこの時代の米国の捕鯨の本拠地である。また1832年生まれのジェニーは、太平洋で救助されながらくこの町にいたジョン万次郎(1827-1898)と少なくとも町ですれ違ったことがあったはずであり、もしかしたらジョン万次郎を救助した捕鯨船はジェニーの父親が経営していた捕鯨会社の所有であった可能性もある。

いずれにしてもジェニーは太平洋へ、フィリピンへとordealの旅に出て、そこで自分のキャリアを決める。ついでに述べれば、ハワイからグァムを経てフィリピンにいたるのちのアメリカ帝国の「太平洋の橋」の原型がこの時代に捕鯨によって形成されつつあったことも分かる。

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